3)子宮外妊娠手術後

1)妊娠から外妊の発覚 2)両卵管摘出手術 3)子宮外妊娠手術後

このページは妊娠を望んで当サイトに書き込んでくれていた「ぷりんさん」の妊娠に至った経緯から子宮外妊娠の発覚、両卵管の摘出手術、そして術後の様子を3ページにわたって掲載しています。

子宮外妊娠手術後

顔術後1日目は点滴続行(止血剤の入った点滴や、ブドウ糖の点滴だと思います)傷口の消毒。血液検査。尿の管は入ったまま。昼から白湯やお茶が飲め、夕食から3湯が食べられる。性器からの出血がある(割と鮮血)

2日目はようやく尿の管が抜けて自分で手洗いにいけるようになります。起き上がったり、動くのが腹筋を使うのでとても痛かったです。術後4日目までは8時間おきに座薬の痛み止めを使わなければ痛くて動けなかったです。4日目にシャワーに入れるようになりました。傷に保護用のフィルムを貼ってのシャワーです。

点滴は術後5日目まで継続して行われ、消毒は1日おき、シャワーに入れるようになってからは入浴後に消毒。その間起き上がると腰椎麻酔により髄液のバランスが悪くなるらしくそれによって起こる頭痛に悩まされました。頭痛薬は効く人と効かない人がいるとのことでしたが余りに痛いので飲みましたが効かず…。動くと頭痛がする状態が退院してしばらくも続きました。

術後4日目の尿検査で、術前6300だったHCGが4399と思うように減らず(同じく術前6000でも術後は100以下に下がるはずだそうです)、両方の卵管を摘出した後でこの数値ということは、もしかしたらまだ、他の場所に着床している可能性があるといわれました。子宮には疑わしいものがあったもののエコーで小さくなって?来ているから子宮ではないだろうという判断でした。

卵巣の表面に着床しているか、もしくは腹腔内のどこかに着床しているかもしれない、というのです。子宮内を掻爬し、それでも数値が下がらなければ、開腹してもどこに赤ちゃんが着床しているか分からないため、抗癌剤を投与して赤ちゃんの組織を破壊する治療になると説明を主人と受けました。

更なる手術と抗癌剤の投与・・・と言われ頭の中が真っ白になりました。その日の夜でした、激しい腹痛に襲われた後に、何かがドロッ…と出て来たので慌ててトイレに行くと、今までに見たことのないような内容物が大量に出ていて、看護士さんを呼び、内容物を確認してもらった所捨てずに病理に出すこととなりました。

そして丸一日、尿中のHCGの量を正確に測るために蓄尿をすることになり、尿を容器にためていくことになりました。結果を待つ間は毎日とても不安で、数値が下がるように願いました。術後7日目、結果が出ました、HCG数値は64まで下がり、更なる手術と治療の必要はないと聞いた時はほっとして涙が出ました。

病理解剖の結果、術前に姿を見せてくれた左卵管の赤ちゃん同様、肥大していて摘出となった右の卵管にもやはり赤ちゃんがいた様です。

先生は「仲良く同じ形してたよ、肉眼でしっかり確認できる赤ちゃんだったよ、子宮外妊娠で7週で破裂しないであんなに生き生きと心臓を動かせているケースは30年近く産科医をしていて見たことがないです。」と病理解剖の結果の書かれた用紙を見せて説明してくださいました。

そして、子宮があるんだから体外受精をしたらきっと授かれると、一生懸命何度も何度も説明してくださりました。 希望はある、でもまだそこまで気持ちはついていきませんでした。7日目の昼に抜糸を受け、その後は特に何もなく9日目に血液検査と尿検査があり、10日目には退院となりました。

退院して

顔この11日はとても長く、苦しい11日間でした。毎日、涙しました。産婦人科ですから、新生児の泣き声は聞こえてくるし、おトイレに行とお産を終えた新米ママたちが「今日は何cc飲んだよ」と会話をし、隣の部屋で夜中に陣痛が始まり…頑張れっていう気持ちも湧く一方で、もうしばらくしたら生まれるんだなぁ、そしたらお隣のお部屋は喜びと祝福の空気でいっぱいな幸せな空間になるんだ、なのにどうして私はこんな思いをしなくちゃならないんだろう…と悲しくなったり、。

自然妊娠が出来なくなった事で、主人にも、主人の両親にも申し訳なく思ったり、本当にどうしようもなく落ち込みました。何をしててもエコーの画像と心拍が頭から離れず、泣いてばかりいました。でも、今3週間がたち、少しずつですが前向きに考えられるようになって来ました。

自分で何か胸騒ぎがして早めに病院へ行き、検査をしてもらったのも赤ちゃん達が気づかせてくれたのかもしれない。破裂する事無く手術となったのも二人がいい子だったから私がもっと痛い思いをしなくてすんだのかもしれない。私のお腹の中にいた期間は本当に短かったけれど、検査薬が陽性を示してから私はこの子達に幸せな時間をもらいました。小さな小さな命でしたが私にとっては大きな、とても重みのある大切な命でした。

結果的には両方の卵管と二つの命を失い、失ったものはとても大きかったけれど、今回のこの経験で得たものはきっとあると思います。私の最初の流産となった子も双子ちゃんたちも私に命の尊さを教えてくれました。それに自分という人間や周りのすべての人たちが存在していることがどんなに素晴らしいことなのかも。

色んな事に追われて生活しているとそんなことも忘れてしまいがちですが、すべてのことに感謝し、日々どんな些細なことでも後悔する事のないように生きて生きたいと思いました。とりわけ、私は自分の不妊治療に常々疑問をもち納得して治療に望んでいなかったから、入院中も「あの検査を受けていればとか転院していたらと」後悔しっぱなしでしたので、。

申し訳ない気持ちでいっぱいで謝ってばかりの私に、主人が「ごめんね」と謝りました。私は主人に謝る必要はないのに何故謝るのかと聞くと、私が「ごめんね」って言うたびに、自分がもっと真剣に子供のこと考えてたら私は傷つかずにすんだのかもしれない…

分からない振りしてあんまりちゃんと考えてなかった。治療がこんなに危険を伴うことにも気づいてなかった、転院したほうがいいのか、疑問に思ってた時もちゃんと答えてなくて…夫婦でちゃんと出した結果ならもっと納得できる状態だったかもしれない。妊娠して、子供を産むって事は夫婦のことなのに…だからごめんね、。って。

主人は治療に通うのにも頑張ってねと励まし、時間が合えば付き添ってくれたりもしました、検査が必要なら自分も検査受けてもいいとも言ってくれていましたし、協力的だと私は感じていました。それでも今回のことで夫婦としてもっと真剣に考えて取り組むべきだったと感じ、反省したようです。

それに、今では先生にも体外受精について色々質問し、とても前向きでいてくれます。「希望があるんだから諦めないでいこう」と励ましてくれます。そんな前向きでいてくれる主人の支えもあって、前向きに考えられるようになって来ました。夫婦の絆は以前よりも深まったのではないかな、と感じています。赤ちゃん達に感謝しなくてはなりませんね。

いつか"体外受精"に取り組めるように、今は心と体が十分に回復するのを焦らずに待ちたいと思っています。それまでまたここでのんびり体外受精について勉強させていただきますね。とても長くなりましたが、これが私の子宮外妊娠の体験談です。赤ちゃんを望むすべての人が幸せな妊娠、出産をされることを心から願います。

2008・3・31 ぷりんペン

1)妊娠から外妊の発覚 2)両卵管摘出手術 3)子宮外妊娠手術後